『愛とゆるし』

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斎藤一人さん。名前は聞いたことがあったけれど、初めて本を読んだ。借りて一週間、ずっと持ち歩いてはいるものの読む気にならなかったが、汗ばむくらい暖かかった昨日の午後の公園で一気読み。

こんな世界、成り立つのか?と思いながら読んでいたが、異なる事案について繰り返し同じ回答をしている内容を読んでいるうちに、一人さんが言いたいことが少しわかった気がしてきた。そして私のこころも少し軽くなった気がした。

苦手な人はいるが基本的に嫌いな人がいないわたしである。スケジュールに余裕を持たせているためか、友達が待ち合わせに遅れて来ようがイライラすることはない。本屋に行ったり、持ってきている本を読んだり、今の時代なら携帯で映画を観たりして過ごすことができる。しかし会社でよく遅刻するAさんにはとてもイライラしていた。Aさんは性格はいい子だ。Bさんもいい子だ。しかしやってもらうことに不安を感じてOJTをするときについ口調がきつくなってしまい、周りの人から注意されたことがある。それ以来気を付けている。

どうしてそうなってしまうのかを考えた時、AさんもBさんも自分に似ている部分があることに気が付いた。わたしは遅刻はしないが、それは遅刻をしないように気を付けているからだと思っている。だからAさんが遅刻してくると許せないのだと思う。そして自分自身の業務遂行に常に不安がある。それがBさんへの態度に出てしまっていたのだと思う。

一人さんの考えに自分なりに照らし合わせてみたとき、これは自分を許せていないからだと思った。自己肯定感が低いから許せないのか、許せないから自己肯定感が低いのか。後者だろうか。

職場には一見穏やかな人当たりのいいCさんがいる。人を否定したり攻撃したりすることはないCさんだが、頑固な面があったり、驚くほど片付けができなかったりという一面を持っている。管理職にもかかわらず、最近は責任を放棄するような仕事の仕方をしている。しかし判断や決断を伴わない仕事で自分の得意な仕事は率先している。それにより一緒に仕事を進めなければいけない人たちからは不平不満が出ている。わたしは業務では直接関係ないが、同じフロアにいることで片付けができない部分の尻拭いをしなければいけないことが多い。それが積み重なって最近はイライラすることが多かった。

しかし今、適応障害となりCさんのことが理解できるようになった気がする。

体調不良が続いた後、ある日気力を失い、体が動かなくなった。初めてのことで自分でもびっくりしたが、ベッドから起き上がれなくなった。コロナの後遺症などでもそういう話を聞いたことがあったが気力の問題なのだろうと思っていた。しかしそんなレベルではないことを知った。次の日にはそこまでのレベルではなくなったが、仕事をする気力がまったく失われてしまった。

しかし数日後、引き継ぎ書を作成していた時は順調にこなせた。復帰できるのではないかとさえ思った。ところが調整や判断や決断が必要な仕事は進めることができなかった。多分Cさんはこの状態なのだろうと思った。メンタルクリニックの先生が働きながら復帰を目指す道もあることを言及していたが、Cさんはこの道を選んだのだろう。そう考えた時、私はそれはできないと思った。周りの大変さを知っているから。Cさんはそんな自分をゆるしたのだろうか、それとも闘いながらそこにいるのだろうか。

わたしがCさんをゆすることはできても、Cさんと同じ状態になる自分はゆるせない。周りの目を気にしていることが原因なのだとは思うが、それを気にしないでおけるだろうか。実際に周りは大変なのだ。そう思うと、調整や判断や決断を必要とする仕事ができる気がしない今は復職してはいけない気がする。でもできると思える日が来るのだろうか。来たとしても適応障害の再発率が頭をよぎる。

自分をゆるすことについての理解を深めたい思いが強くなる。

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