適応障害から復帰するための情報収集

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気持ちの波が相変わらずである。自分で立てたスケジュールで1日を過ごすフリーランスの記事を読んでは退職への気持ちが高まったり、質のいい良いもの、お気に入りのものを少しだけ持って大切にする丁寧な生き方の先輩女性の動画を観ては仕事をがんばってこんな生活をしようと思ったり。最近の変化としては、退職への思いが強かった時期を経て復職への気持ちも出てきたこと。料理をする気力が少し出てきたこと。

昨日はお昼過ぎにうたた寝をした。朝早くから散歩をして、いつもの公園のいつもとは違うベンチで買ったクロワッサンサンドを食べて、とても気持ちのいい空気の中、のんびり歩く外国人観光客を眺めていた。通り過ぎる人の90%が外国人だ。平日は外国人率が高い。ベンチを移動してまた違うベンチで今度は本を読んだ。そんなしあわせな時間を過ごして帰ってきた後だった。

スマホのメールのお知らせ音が耳に届いたがなかなか起きれず、もうひと眠りした後でメールを開いた。会社の人事からのメッセージだった。プライベートでも付き合いがある彼女とは事務的な内容だけではなく、状況のほかに思ったこと感じたことも伝えている。返事に困るかなと思ったが、彼女からは状況がわかるから気にせずに送っていいと了解を得ていたし、私自身としても気持ちの整理ができるし、どういう変遷を経ているのかを彼女に伝えることで今後も同じような人に対応する立場にある彼女にプラスになればという勝手な気持ちがあった。今回のメールの内容はそんなわたしの思いに対しての返事と、事務内容と、わたしがしたことの気遣いへのお礼であった。お礼とはわたしが前回返信したタイミングについてだった。確かにいつ返事をしたほうがいいか結構悩んだ。そこに気づいてくれてメッセージに載せてくれるとは。そして会社としての休職期間が延長されたのだが、それ以上になっても大丈夫だからゆっくり休んでくださいとのメッセージだった。寝起きだったが涙が止まらなかった。

過去の自分が感じたことを過去のこととして振り返る作業をメンタルクリニックの先生に勧められていたので、引き続きジャーナリングもどきで自分の気持ちをノートに書きだすことをしているのだが、そうしているといろいろなことが思い出されて、自分の生きている価値はないのではないかというところに至った日があった。死までを考えた。死にたいと思ったかどうかはわからないが、どうしたらできるだけ迷惑をかけずに死ねるのだろうかと考えた。親より先に死んでは不幸者だと思っていたが、ちゃんとメッセージを残せばわかってくれるのではないかと思ったりした。

計画することが好きなので実行することは得意ではない。それはある意味よかったかもしれない。

そんな怖いことを考えていたのは一時だけだった。

精神科医のYouTubeで、なぜ患者は変化を拒むのかということについて説明していたものをみた。自身も今まさに休職している状況から変化することを内心拒んでいると感じていたからだ。実は元気になっているがさぼりたい気持ちがあるだけではないかと。その精神科医が言うには、精神疾患があるから変化に抵抗する、健康な人は自ら変えていけるとのこと。抵抗には意味があって、そのうちのひとつが現実をみることに耐えられない、知る痛みがあるからとのことであった。とても腑に落ちた。

起こったことは変えられないがその捉え方を変える。これが簡単なようでとても難しい。気持ちが落ちた時にそれができるか、今の私には自信がない。

自分はダメな奴だ、というのは嫉妬心を隠すための言葉と聞いた。発達障害など、集団から離れた性質が病気とされるようになった。集団から離れているということは生きにくいからだという。

いろいろ情報が収集できてしまうことがいいのかどうかはわからないが、今の状況を脱するきっかけを探して彷徨っている。

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