働くことの意味

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会社を辞めてしまったら今手に入っているものがすべてなくなる。毎年の海外旅行。両親を国内旅行に連れていくこと。友達とミュージカルを観に行くこと。おいしいものを食べに行くこと。何より今まで貯めた老後資金を取り崩していかないといけなくなるうえに次の働き口が見つからないと年金もほとんどもらえなくなる。不安しかない。

一方でこのまま忙しすぎる職場に戻ってやっていける自信がない。回復しつつある体調がすぐにまた悪化することが容易に想像できる。こころとからだを壊すまで働く意味とは。いったん壊れたものはもとの形には戻らない。

何度も人生の予算をシュミレーションする。辞めて働けなくなってもやっていけるのか。収入が減ってもやっていけるのか。当然今の暮らしは維持できない。しかし今の働き方は続けられない。仕事量を減らしてもらったとする。しかし一部の仕事を手放すとなれば楽しくない仕事が残るだろう。その状態で今の会社にしがみついている理由はあるのか。ある。人間関係がとても良好だ。いろいろあるけれどかなり恵まれていると感じる。人間関係は仕事を続けるうえで大切だ。最も重要であるともいえる。それでも体を壊してまでしがみつく必要があるのか。壊れた体で人生楽しめるのか。

体の痛みがなくなったとして、仕事に復帰すれば忙しい毎日が始まる。想像しただけでメンタルがついていかない。仕事に戻るか、休職するか、退職するか。辞めて充分にエネルギーチャージをすれば何かしらやれる気がする。もしダメでもアルバイトでも何でもして慎ましく暮らせば生きていけるだろう。辞めなければ次の何かは入ってこない、というYouTuberの言葉が背中を押してくれる。

こうして1週間の休みの間に悩み、親しい人にアドバイスをもらい、ある程度考えを整理することができた。その状態で迎えた鍼の時間。

まず病院での診断結果とは異なった。病院ではいくつかの検査をするも、はっきりとした原因がわからず、病歴と当時の症状からの推測の診断であった。病院ではかかった科の中での検査、診断となる。私の通っている鍼では総合的に見てくれる。そんな鍼での診断はわたしが行った科の部位が原因ではなかった。

鍼での診断を聞いて少し安堵した。病院での診断だと過去の病気が再発したことになっていたからである。その病気が再発したならばもう今の仕事はしない方がいい、限界なのだろうと思っていたからでもある。こころとからだは別物だと言われたこともこころを軽くした。こころとからだが別という考えに理解しきれない部分はあったが、仕事に向き合う考え方、視点が変わった。鍼が終わった時、すっきりした気分であった。今起こっていることは大した問題ではない。自分のキャパを自覚して働き方を変えよう。その働き方が会社の方針とあわないならば、または自分がそれを実行できないならばそのとき会社を辞めよう。

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